★『ネルーダ』 パブロ・ラライン監督
ノーベル賞文学賞詩人のネルーダが共産党員という理由でビデラ大統領が弾劾し、警官であるペルショノーに逮捕を命じた。
ネルーダは様々な人たちの助けを受けつつ逃亡。その間に「大いなる詩」を書く。まるで逃亡を楽しんでいるかのようにも見えた。
こちら(観客)としてはスリルで一杯だ。ペルショノーは必ず探しあて、しかしまたネルーダにくらまされ、の連続。
ネルーダは行く先々で歓迎され、詩を読めば拍手喝采。人々に愛されていた。
結末は思いもよらなかった。ほとんど追いつくというところで、ペルショノーが雪山の中で怪我が原因で息絶えてしまうのだ。
映画の中でも言っていたが、追い追われる、特に後半のシーンでは、どちらがネルーダなのかわからなくなるような・・・
広大な風景の中で描かれるシーン。雪山のシーンでは寒さを実際にも感じるほど。詩人の話で、詩を時々読むシーンはあるものの、
詩的な映画というにはちょっと遠かった。サスペンスである。
★『ノクターナル・アニマルズ』 トム・フォード監督
その2に続いて、これもまたサスペンスであった。別にサスペンスを選んだわけではないが。
見るきっかけは、予告編と、別れてきた夫から送られてきた小説、というのにちょっと興味を持ったから。
しかし、その小説の中身というのが凄かった! ある殺人事件。そのシーンは映画を見た後でも思い浮かべるほどだった。
夜のあまり車が通らない道を車で行くある家族(娘と夫婦)。後ろと横から行く手を妨害され、とうとう車をぶつけて降ろされる羽目に。
そこから始まる悲劇。夫と、娘、妻は引き離され連れてかれてしまう。夫は他の車に乗らされ置き去りにされてしまう。
そのあと、2人組が夫を探しに来て呼ぶが、夫は隠れて出ていかなかった。そのことが後から悔いることとなる。
結局、警察に事情を話したのち、妻と娘はレイプされ殺されたことが判明。
という小説の内容の合間に、別れた夫エドワードと、今はアートギャラリーのオーナーであるスーザンの出会いから別れまでの
ヒストリーも描かれる。
小説のシーンと、現在がダブって映像表現されるところが、ぐっと来た。例えば、妻と娘の死体は抱き合ってベンチに置かれていて
裸体の後ろ姿を映すのだが、それが現在のシーンとなり、アートの置物に変わる、というような・・・
20年前のこと、結婚していた2年のことに加え、現在のビジネスパートナー?同棲者?との関係も垣間見せている。
ラストは小説を読んで元夫にメールしレストランで出会うというところで終わる。元夫は現れないで(観客の前には)終わったから
本当に来たのかどうかは定かではない。
小説の事件の結末もスリリング。刑事がもう俺は肺がんで1年も持たない、命は惜しくないと言って強行作戦に出る。
家族を殺された男に拳銃を持たせる。
何か、その夫と、エドワードが同一人物のようにも思えたり・・・
果たして元夫はなぜ元妻にこんな小説を送ってきたのか。書き忘れたが元夫は作家志望で自分の才能を信じていた男。
スーザンはその小説を褒めた。しかし、その小説は愛なのか、復讐なのか。とチラシに書いてある。結論は出ていない。
私は両方ではないか、と思う。愛と恨みは背中合わせ・・・実際に復讐することはできないが気持ち的には復習したい気持ちで書いた、と
そして書くことはある種の愛であるのでは、と思う。
とても美的でダイナミックな作品。特に冒頭の裸の太った女がダンスするシーンで始まるのには面食らい、
それがアートギャラリーの作品として並べてあるのに目を見張った。
久しぶりに観たアメリカ映画。やはりスケールが違うなあ、と思った。